昨日、YouTubeでバッハ先生と同時代の人のフーガを聴いた。チェンバロ演奏。途中からブツ切れになって、あの奏法はどうかと思ったが、多声部なので、ああ弾くしかないのかも。
10分くらいある曲だったけど、手を替え品を替えテーマを次々繰り出してくる。聴いていて面白い曲であった。(精神性の方は、それほどでも…)
「フーガ変ロ長調 BWV954」にも同じような感じを抱いた。両者の共通点は
→→→和音が濁っている。
濁っていた方がテーマが浮き上がるような気がする。
YouTubeの演奏、チェンバロの調律は平均律ではなかったと思う。でも、濁る。バッハ先生の曲はどこまでも和声が調和して美しいので、テーマが他の部分(対句、和声的伴奏の部分)とハモりまくって埋没してしまうのでは…?
美しい和声←→テーマくっきり
って構造なのかも…。
だから無理に声部を分離させて聴くこともないのかも?? 和声を楽しむか、対位法を楽しむか、どちらなのか…。しかし正確に弾くためには、声部の分離は不可欠なので、そのための練習はする。
でも、実演奏にこだわらないなら、必ずしも必要ではないかも。曲によって声部が聴き取りやすいのと聴き取りにくいのがある。
「前奏曲とフーガ ヘ短調 BWV534」のフーガなんかは、よく聴き取れる。「前奏曲とフーガ ハ短調 BWV537」のフーガもそう。「音楽の捧げもの BWV1079」の「3声のリチェルカーレ」もだ! テーマがはっきりしてるのは、聴き取りやすいのかね? 「平均律クラヴィーア曲集 第2巻第12番フーガ BWV881」も聴き取りやすい方。
「フーガの技法 第1番 BWV1080」はどちらかというと聴き取りにくい方(和声に埋もれてしまう)。和声が美しすぎ!! 「フーガ ハ長調 BWV952」や「シンフォニア第1番 BWV787」も聴き取りにくい方だ!!
カテゴリー:ポリフォニー