ルート音
「TOOCPのSECRETブログ」を読んでいたら、気になった単語があった。
「基音」というやつ。
これって、ひょっとして今まで気になっていたキーボードの設定のこと? カシオCT-X3000は、音律を選ぶところに「root」という項目があるのだが、気になりつつも、意味がわからず来たのだ。
「root」の画面を呼び出し、+-のボタンを押してみると、「C」から各12音に切り替えられる。「基音」って、これのことみたい!
どういうことかというと、「基音」を「C」にした時はハ長調でその音律が作用する。基音を例えば「C#」にすると、セント値が移動する。
こんな感じ。
今までジルバーマンで濁っていた「フランス組曲6番」(ホ長調)の「基音」を「E」にしてみた。オオー、澄んだ響きに!!!
これって要するに「移動ド」と同じ考えになるのかな? 「ホ長調」を「ハ長調」に移調したのと同じ…。いいのかね? これで。
次に、「平均律クラヴィーア曲集」第2巻第12番フーガ(BWV881)、ヴェルクマイスター調律のルート音を変えてみる。イ短調をヘ短調に! 長調に直すと、ハ長調→変イ長調になる。「C」→「A♭(G#)」。オオオー! 格段にキレイな響きに!!!
うわあー、いいね、コレ! もうこれからはルート「A♭」にしよっと。
作曲者の意図に忠実に?
しかしだよ、これって音律的には「ヘ短調」から「イ短調」へ移調したことになり、曲集の元々の大前提を覆すことになるのでは…?? 「24調全部弾ける整った音律のための曲集」って意図で作られたもののはずである…。ルート音変えたら、意味ないのでは??
よく考えてみないと…。自分が何のために演奏するかを。
世の中には「作曲者の意図に忠実に演奏する」という思想があると思う。それについては一再ならず考えを巡らせる機会があったが、私は「作曲者の意図に忠実」派ではない。
なぜかと言うと「作曲者の意図は何か?」と考えた時、それをはっきりと把握する方法がないからである。
意図をつかむための方法として、「楽曲の分析をせよ」とか「作曲者の伝記を読め」とか「当時の時代背景を学べ」とかいうものがあると思う。
でも結局、これやってわかることって、ごくわずかで、多くは想像で補うしかない。作曲している場面を実際に見て、本人にインタビューでもしない限りは、作曲者の意図なんてものは分からないものと思う。
伝記にしたって、当時の資料が少なければ、伝記作家が想像力を駆使して、間を埋めるしかない。また、伝記作家のバイアスや演出によって、その作曲者の生涯が大きく違って描かれることもある。
だから私としては、言語的・文化的情報なしで、楽譜のみに向き合いたいと思う。確かなものは手元に得られた楽譜だけで、それを原点にしてやっていきたい。
私の音楽の世界に確かに存在するものは、「楽譜」と「楽器(キーボード)」と「演奏者(自分)」のみ。この三者だけで、生み出していきたいと思うのである。
楽譜にしても、自筆譜が残っているものは、そう多くはないし、本人が書き直した異稿も多く存在する。確定されたものとは言い難いが、現代に伝わってきた楽譜そのものを原点としてやっていきたい。
作曲者の意図を忠実に再現するのではなく、「楽譜」と「楽器」と「自分」とで、新しいものを作り出していきたい。「音楽の神」と「自分の心」とに忠実なものを。
それを考えると、響きが最も美しいものを選ぶのは当然のことであり、ルート音の移動も良い方法ではないかと思うのである!
この問題については、これからも考えていきたい。いずれまた、考えが変わる日も来るかもしれないし…。
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