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2025-01-10:【音律について 上巻】バッハの時代の調律法|オルガンはミーントーン?
『音律について 上巻』(ヘルベルト・ケレタート/著、シンフォニア/刊)を読んでいる。すごく重要なことが書いてあった。
パイプオルガンにおける中全音律(ミーントーン)と平均律の響きの違いについて、次のように書かれている。
中全音律では現象として聞けば良かったものを、平均律においては知的で柔軟な正しい聞き方で補わなければならない。なぜなら、「機械的に調整された音律システム」と「自然に構成された立体的で感性に基づく音律システム」とは異なるからである。
カール・ハッセによれば、アゴーギク、アーティキュレーション、ストップ、テンポなどの手段によって適切な聞き方ができるという。
しかしもしそうだとすると、古いオルガンの場合にはこうした手段を使わなくても良かったということになる。つまり、人々は遅いテンポで、単純なストップ使用で、同じ流儀で演奏することができたのである。
音素材が生き生きしているかどうかは、こうした手段の使用のおかげではなかったからである。このような「表面的」手段—-この中では、例えば速いテンポはバッハに最も合わないものである—-は個々の音程が持つ潜在力の平準化、中庸化および、それと連動した「内的」表現手段の喪失とを、ただ部分的にごまかすことができるだけである。
『音律について 上巻』88ページ
つまりこれは、平均律で演奏するとつまらない響きになるため、アゴーギク、アーティキュレーション、ストップ、テンポなどの手段が必要になると。古典調律であれば、ただ素直に飾り気なく弾いたとしても、音律そのものの響きで美しく深く聴こえるということになる。
これがまさに、私が常日頃から実感していることである。楽譜を、ただそのままに演奏したい。余計な飾りをつけたくない、個人の恣意的な味付けをしたくない。そんなものは必要ない。ただ和声そのものの響き、それだけで十分なのである。
この本、もう終盤に差しかかったけど一冊まるまる参考になることが書いてあった。良い本を買った。正月に「バッハ先生が平均律?」という衝撃で、闇雲にネット検索して、この本の存在に行き当たった。天の采配で、こういう導きが得られたのではないかと思う。
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