ネットでいろいろ読んだ。
ピアノの先生「どうせみんなポリフォニーを聴き分けられてないんだから、ただ順番に鍵盤を押していけばいい。”聴き分けられてるふりして”弾いていればいい。みんなそんなもんだ。」
ヤフー知恵袋の回答者「楽譜を見れば曲の構造がわかるから、弾けない人も楽譜見ながら聴け」って。「楽譜読めない人はMIDIで視覚的にチェックしろ」って。シンセシアみたいな画面で。
バッハ先生って、「耳で聴いて楽しめ」ってことで作曲したの? あー、作曲者は神ってことになるんだけど。楽譜見ないと構造わかんないんじゃ、意味ないのでは…?
いや、構造はわかんなくてもいいのか、耳で聴いて楽しめないとってこと。楽しむっていうより感銘を受けるってことね。
弾く人が楽しむための曲なのかなあー。
しかし構造分析にまるで興味なかったから知らなかったけど、改めて解説を読みながら楽譜を見てみると、「フーガの技法 第1番 BWV1080」って本当にパズルみたいなんだね。
現代の人が聴くと「パズルみたい」となるんだけど、バッハ先生が生きていた時代は、また違った意味があったような気がする。音楽を通じて神に近づくためのもの、というか。
当時の宗教観からすると、全知全能の神が作りたもうたこの世界の完璧さを、音楽を通じて表現するのが目的だったのではないかと。「神の栄光」を表すために音楽を作り出している、ということは、バッハ先生本人が言っていることなので…。
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